春を通り越して初夏のような天気が続いたかと思うと、突然春の嵐で雨風が強くなったりして、最近のご近所の方との挨拶は、「こう目まぐるしく天気が変わっては、年寄りは体がついていけませんね。」です。
「まつこの庭」は今、チューリップが真っ盛りです。
↑ オレンジと黄色の2色一重咲き・ケスネリス 八重の黄色・モンテカルロ
↓ 同じ花を上から見ると
↑ ユリ咲き・エレガントレディ ↓ 同じ花を上から見ると
↑ ユリ咲き・プリティウーマン
↑ 一重咲きと八重咲きチューリップのミックス植え
↑ 一重の白と黄色のチューリップ ↓ 一重赤と黄の2色咲きチューリップ
↑ フリンジ咲き・ハウステンボス フリンジ咲きは花弁のふちに細かい切れ込みが入ります。
↑ 八重咲き・アイスクリーム 赤いつぼみの中からもこもこと白い花びらが出てきたところは、本当にアイスクリームのようです。このチューリップは普通のチューリップの10倍の値段で、なかなか買えないし、せっかく植えても写真のようには咲かず、いつもがっかりさせられるのです。3分の1の値段になっていたので、挑戦してみました。初めてきれいに咲かせられました。
チューリップの原産地はトルコで、オランダに渡り、そこで品種改良され、世界的に人気のある花の一つとなったそうです。今でこそ生産世界一を誇るオランダですが、17世紀前半に「チューリップ狂時代」とか「チューリップバブル」とか呼ばれた時代があったそうです。そのころオランダは、スペインから独立を勝ち取り、世界貿易の中心だったので、富裕層である王侯貴族や大商人の間でチューリップの花が愛されていました。需要が高まると供給が追い付かず、球根の値段が高騰します。やがて一般の人まで投機を始め、その結果法外な値段でチューリップの球根が取引されるようになり、やがて崩壊します。これが「チューリップ狂時代」とか「チューリップバブル」と呼ばれた現象です。1636年~1637年にかけてのわずか1年のできごとだったそうです。
その時一番の高値をつけたチューリップが下のしま模様のチューリップです。その当時オランダで大活躍していた画家レンブラントにちなみ、レンブラント咲きと称したそうです。ちなみに、レンブラントは、チューリップの絵は描いていないそうです。
このしま模様のチューリップ1個で庶民が住む家が4軒買えたそうです。後で分かったことですが、実はこの珍しい花を咲かせる球根はウイルスに感染してモザイク病に罹ったチューリップだったのです。もちろん球根は枯れ死してしまい、残っていません。絵の中に描かれて残っているだけです。 ↓ 当時描かれたチューリップの絵
現在、モザイク病ではない突然変異や品種改良によってすじ模様やぼかし模様のチューリップが作り出され、レンブラント咲きと称しているようです。
↑ 八重レンブラント咲き ↓ レンブラント咲き・スプリンググリーン
見比べてみると、いくら家4軒が買えるほど高価なチューリップでも、モザイク病と知ってしまったせいか、病的で美しいとは思えません。現在のチューリップのレンブラント咲きの方が、わたしには美しくかわいらしく見えます。